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ここにたどり着くまでのあらすじ(ロクでもない)

初めまして、MAESAWA SYSTEMの前澤玖美と申します。




普段はMAESAWA SYSTEMとして都内を中心に音楽活動を行いながら

舞台役者として小劇場を中心に、この2つを軸に活動しています。

簡単な今までのあらすじから入りますね。




20歳で役者を目指し上京。


上京したての頃は役者の養成所に通いながら

ほぼバイトしかしていない生活でした。

舞台に出るわけでもなくただひたすらバイトだけしていたため

お金だけは貯まるので二重埋没手術したりして1年が過ぎました。(急な整形暴露)

2年ぐらいで元に戻りました。




上京2年めにして、ようやく芸能らしい仕事が始まったと思っていた。

上京して2年めを迎えた頃、居酒屋でバイトしている時にスカウトされ、
アイドルをしながらいわゆる”課金系サバイバルレース”に参加することになった。

当初スカウトしてくださったプロデューサーは映画の製作に携わっており、ブッキングでねじ込めると聞いた。今思えばそんな胡散臭いスカウト今時信じる私は平成生まれにして脳みそが紀元前レベル。

まぁその後もそういったサバイバルに参加する事があって、いい面も悪い面もあったので追い追い記事にしたいなと思います。




アイドルをしていた時の私です。まだ目が二重です。




課金レースの先にあったのはADという仕事。

そんなサバイバルレースとアイドルを約1年間やり遂げ、そろそろ女優としての仕事を振ってくれるだろうと思っていた。割とマジで。しかしプロデューサーが言ったのは

「今度番組をやる。女優としてスタッフの仕事を知っておくべきだからADになれ。」

今だから言える。ADの仕事は高校生のバイトくらい将来の役に立たなかった。

しかし、何故引き受けたのか理由ははっきり覚えている。

あんなに辛かった課金レースを乗り越えて、ここでADの仕事を断れば1年間やってきた事が全て無駄になる。

もう、やるしかないのだ。



結局、そのプロデューサーから役者の仕事なんて貰える日はこなかった。


慣れないADの仕事は要領良くできる訳もなく、始発で仕事場へ行き、終電で帰る。

休みなんて週1回あればいい方。化粧をする時間があるなら1秒でも長く寝たい。

服も黒しか着れない。短い睡眠時間や荒れた食生活を繰り返した当時の私にはかつての”女優になりたい”という輝きはなかった。

ついには事務所に住み、始発も終電もない次元にいった。

事務所に住んでた男のスタッフは女を連れ込むし、どこにいてもストレスしかない。

今だから言える。

これは立派な若者へのやる気採取。

鬱になり、年上の男性スタッフ達の無視や舌打ちに心が折れて、

私は仕事を飛んだ。あれは22歳の時でした。



次回、前澤玖美がMAESAWA SYSTEMになるまで!